2009-01-01から1年間の記事一覧

12月

目の裏の水溜まり、投げた石は波紋を作って、それから心の中に積もっていった。目の中が浸水してしまうまで僕ら手を繋いで石を投げていた、溺れてしまうまで、殺してしまうまで。そうして溢れた水溜まりは乾いた部屋を埋めて、そうしてカレンダーにぶら下が…

怠惰な庭

少年はコホンと小さく咳をして、庭にある小さな椅子に腰をかける。彼の持つ小さな庭の上には満月がぽつりと佇んでいた。それは町の上に輝く月というよりも、彼の庭の一部としての月と思えるほど丁度良い塩梅で彼の庭を照らしていた。だから彼もお気に入りの…

黒く塗れ

つまらない詩を綴った紙飛行機を屋上から一階の恋人の元まで飛ばした。 僕らのアパートは三十三階建てだったので返事が届くまでの間、退屈だった僕は今宵を我が物顔で支配している満月を黒いペンキで塗りつぶして遊んでいた。僕が百分の一ぐらい塗りつぶした…

アナーキーダンス

部屋中がアルコールの揮発する匂いに溢れ、そのせいで僕の胃は焼け爛れた。またその匂いの齎す不自然な高揚から僕は眼前の暗闇まで踏み込めずに三面鏡の前で髪を切り、けたけたと笑い鋏を持った手で独楽のように回転し続けた。 すると鋏は暗闇をさくさくと切…

アイラブユー

金属音で鼓膜のふやけた少年は自分の眼球を白いペンキで塗り潰すと彼の綺麗な部屋の隅に一度吐いた彼の吐瀉物の中には恋人から届いた手紙が何百枚もあった手紙の内容は何れも酷く汚い言葉の羅列で彼はその言葉の中に恋人の体温を感じていた彼は真白な視界の…

無題

立ち眩む朝には何者かの青い指が頭蓋骨をするり通り抜け僕の記憶を丁寧に連れ去っていく その事を早く司令塔に報告しなくてはならないのだけれど薄らいだ意識は何時も其れを忘れさせる 剣のような朝焼けが何時も僕の舌を切れ落としてその都度僕は死んでそれ…

shocking pink

人の少ない深夜の海にはパスポートの無いフラミンゴの大群が毎晩入ってきて、国境を跨いだ瞬間に待ち構えた保安官に一斉に撃ち落とされるからショッキングピンクの朝焼けが毎朝、街中を包む。だから僕らはいつだって着色料みたいな甘ったるい原色の中で珈琲…

ミソラ

柔らかいローソクの火に余らせていた憂鬱をそっと溶かすと家の中では雨が降り、僕の大切な手紙を全部びしょびしょに濡らしてしまった。 僕は余計に悲しくなってベランダに出ると、どんよりとした星の無い夜空が僕を待っていた。 僕は仕方なくアコースティッ…

空の下

ある日の夜、感傷的だった僕は両親が寝静まったのを見計らって家を抜け出し近所の湖に行った。水面に何度も石を投げていると、岸に白い少女が倒れているのを見つけた。 少女は何も纏っておらず、ただ月光の照らす白い肌ばかりが目立っていた。僕はその透き通…

ワイパー

車のワイパーはスライドを繰り返して幾つもコードを紡いでいる。 助手席の彼女はそれに合わせて即席のメロディを歌っていて、僕はその小さな体の何処にそんなに素晴らしい楽器が埋め込まれているんだろうか、なんて考えながら運転席でそれを聴いている。彼女…

砂漠の住人

月が発光を止めた午前四時半、新宿には剥がれ落ちた月の表面が何層にも降り積もって一面が真白になっていた。 そのせいで新宿は都心としての機能を殆ど失っていて、だから誰もいない真白な街には背の高いビルが樹木のように立っていた。―――とにかくそれは寒…

水槽の日

死んじゃった熱帯魚を庭に埋めた日の夜、外は大雨で僕らの町は水槽みたいに水の中に沈んだ。だけど優秀な僕達は慌ててえら呼吸に変えたから誰一人溺れなかったよ。 それで僕達は大人が誰も居なくなった町をすいすいと泳いで玩具屋に集まり、カラフルな玩具ば…

トカゲ

寒さで縮んだトカゲの尻尾を湯船に入れるとそれは膨らみ始めて、やがて真赤な風船になった。 僕はそれを眠っている恋人の小指に縛りつけると満月の夜空に飛ばした。僕は飛んでいった恋人の分だけ軽くなった家に物足りなさを感じて空っぽの浴室で泣いていた。…

chil chill michilll

三拍子じゃない三拍子の音楽が小さく流れるサーカス小屋で、金魚が火を食べて真暗な小屋を煌々と照らしている。髪を切ったせいで風邪を引き寝込んでいる僕の恋人の頭の中にはバニラの匂いが残っていて、眠れなくて退屈な僕はただ朝が来るまでサーカス小屋で…

ドット欠け

彼女は右目の小さなドット欠けを気にしながら喫茶店のソファに腰を掛けると、店員を呼びサラダ油を頼んだ。 早くお医者にかからなくちゃ、と思いながらハードカバーの本を開くと羅列された英字に目を落とした。 彼女には既に三十二の言語がインプットされて…

FLy

安いアパートに住む痩せた少女の背中には羽根が生えていた。それは少女が十七年間、毎晩のように願い続けてようやく手に入れた理想の羽根だった。それは牛乳のように白く、そして少女を包むほど大きかった。少女はその羽根が生えた朝、朝食を食べ終えると羽…

眼球

彼女が猫のように僕の足の甲を嘗めている間、タイマーは「ピピピピピ…ピピピピピ…ピピピピピ…」と甲高い声で鳴いていた。それがやがて鳴き止むと彼女はキッチンへ行って二人分の伸びきったパスタにトマトソースをかけて僕の所へ持ってきた。 僕らは「いただ…

アリス、来日

アリスは金魚鉢を覗いていた。昨日から日本の家庭にホームステイしているアリスには見るもの全てが新鮮だった。 「そろそろ寝たほうがいいわよ、明日は朝から出掛けるから」とおばさんが言うので「分かりました、でもあともう少し金魚を見たいの」とアリスは…

食卓

「いちたすにーたすさんたすよんたすごーたすろくたすななたすはちたすきゅーたすじゅーたすじゅーいちたすじゅーにたすじゅーさんたすじゅーよんたすじゅーごたすじゅーろくたす…」と呟く妹の声は次第にかすれていき仕舞いには伸びきったテープのようになっ…

灰色

食器の中には鈍色の釘がたっぷり入っていて彼女はそれを口一杯にして飲み込みます。それから僕に微笑みます。首筋には口から溢れた血が赤く線を描いてます。僕はそれを指でなぞっては口へ運びます。それは鉄の味がして僕は屋上へ通じる錆びた扉を思い出しま…

アルビノの白い肌

英字新聞に包まれて君は16階から落ちて来たんだよ。僕は何となく君を受け止めて、浴室で丁寧に洗ってから乾かしたんだ。その日は震えるほど寒くて、だから色の無かった君は自然と雪のような白になったんだろう。僕らは寒くて、だから小さくなって一緒に眠っ…

幾つかの散らばった黄色達へ

左目の中では気泡が弾けるような小さな爆発が何度も起きていた。その原因が知りたくて僕はスプーンで左目を優しく掬うとルーペで覗いた。しかし左目には何一つ変わった様子は無かったので僕は溜め息を吐いてから、水を張った金魚鉢の中で左目を洗い、左目の…

(DONOT)paintitblack

試験管に優しく刃をあてた。パラフィルムが破れた。中から羊水が飛び散った。僕は血まみれのままスーパーマーケットで食事をした。窓際に座っている少女をそっと抱きかかえた。それから突き落とした。散らばった黒い髪は綺麗だった。戻っていった。手も足も…

blue berry blue

アルビノの胎児は水槽で眠っている。 僕はバケツに入った月の欠片を一摘みほど掴むと右ポケットに入れ、次に蛇口から溢れる夜を水筒に入れて家を出た。外は太陽が出ていないのに雲一つなくてそれはそれは心地良く、気分の良い僕は家の近くの小さな丘を登った…

wine red

僕は葡萄の種を取り除くように増え過ぎた金魚の体に指を押しつけては小さな心臓を取り出した。そして二つの銀のトレイに心臓ともう抜け殻となってしまった体を分けて置いていった。 そうやって作業をしている間に僕が疲れて眠ってしまうと、真っ暗な部屋では…

mint green

少女は直す気のない癖を左手でカウントしながら駅前で彼氏が来るのを待っていた。空にはガムがへばりついたような緑色の太陽が燃えていて街中の人がミディアムレアに焼かれていた。しかしそんな中で少女はバニラアイスのように白かった。時計が待ち合わせの…

影踏み遊び

例えば僕が夕方に影を伸ばしたら君は赤い靴で、正しいリズムでその影を踏んでほしいのだ。そうしたら僕はその足を掴んで闇の真ん中に君を沈めてあげる。 それは一点の曇りもない夜空のような(勿論星や月などは一つもないけれど)闇の中で、君は守っているも…

慟哭

誰も起きていない朝だから、僕は一人で公園にいました。 ツナ缶を開けてはそこらにいる野良猫に与えながら、まだ現れない太陽を出来るだけ鮮明に頭の中で描くとそれは何故だか金魚に化けているので、尾びれを掴むとそれもそこらの野良猫に与えました。町はま…

殺菌、滅菌、もういいかい

「グリコ、チヨコレイト、パイナツプル、グリコ、チヨコレイト、パイナツプル、グリコ、チヨコレイト、パイナツプル、グリコ、チヨコレイト、…」 階段を昇る赤いランドセルの女の子達の足音はパタパタという音を立てて僕の部屋を叩くので浴室で血にまみれた…

ビー玉

熱帯魚が泳ぐ水槽に僕はビー玉を雨のように降らせていた。 梅雨が明け、毎日のように見える青空が僕達から水分を奪っていくような日々に、ビー玉を降らせることは僕にとって降らない雨を祈るよりもずっと簡単に心を潤す行為だった。僕は街中のビー玉を買い集…