ドット欠け

彼女は右目の小さなドット欠けを気にしながら喫茶店のソファに腰を掛けると、店員を呼びサラダ油を頼んだ。
早くお医者にかからなくちゃ、と思いながらハードカバーの本を開くと羅列された英字に目を落とした。
彼女には既に三十二の言語がインプットされていたが、なかでも英語には何かしら特別なものを感じ、だから持ち歩く本は英語のものが多かった。
また彼女はサラダ油を飲むのが好きだった。サラダ油は燃費が悪いので優秀な彼女には相応しくないチープな物だったが、彼女は体の中に長々と滞在する上等な油よりも、すぐに体中を循環するサラダ油のほうが好きだった。

彼女がいつものようにサラダ油を飲みながら読書を続けると、右目に更なる違和感を感じた。本を読み進める度にどんどんとドット欠けが増えていくのだ。視界が英字を通過する度、魚の鱗が剥がれていくように景色がボロボロと零れ落ちていく。しかし、それでもなお彼女は英字の美しい羅列に読書をやめることが出来なかった。そしてドット欠けは右目を浸食し終えると左目に転移した。


やがて何も見えなくなった彼女を医者は修理不可と判断し、次の日の朝にスクラップ処分になった。