2009-06-01から1ヶ月間の記事一覧

『孤独』

舌の上に乗せるとそれは優しく溶けていった。ヘッドフォンを通すとそれは心音のようだった。 言葉にするとそれは酷くつまらなくなった。 孤独は、ただ温かな浴槽のようにそこにいた。

『儚』

彼は電車に乗るとよく泣いてしまう。それは最重要文化財みたく美しい電車の窓をこする夕日のせいでは無かった。 彼はいつだって人の死が見えていた。 それを伝えるのは匂いや音や手触りや、色でも無かった。 例えばそれは風のようにそっと彼に近寄るのである…

『真』

二月の或る朝、彼は息苦しくて道に座り込んだ。愛想の無いモッズコートは彼の口を覆って更に息苦しくした。 つい昨日まで晩御飯をあげていた猫が道路で死んでいたのだ。 その猫はいつだって傷だらけだった。きっと色々な所から餌を盗んでいたからだろう。彼…

『芽』

ゆっくりと目を開けるとマッチで蝋燭に火をつけ、僕はごほんと咳をする。 息は白く濁って、まだ二月だと言うことを僕は実感しながらキッチンに向かう。キッチンには昨日作ったまま置いてあるポトフがあるので、それを加熱しながらガスコンロの火で煙草を吹か…

所詮散りぬる命とて

爬虫類の夢を見た それが何かは分からない僕の首を絞めていた、柔らかな手でそっと 苦しくもなく ただ眠りの中で濃い眠気を感じた 夢の中の夢は覚め、爬虫類はもう居なくなっていた。 酷く汗をかいた僕は蛇口からコップに水を注いだ。 蛇口から出てきたのは…

クリケットの向こう側

公園では少年少女の行うクリケットの音がパタパタと鳴っている。 まだ空は薄暗く、息も濁るほどの早朝で 大人達は朝の純潔さに恐怖するように部屋に籠り紅茶や珈琲を飲んでいるのに、子供達はと言えば何も知らずにただ公園にパタパタという音を響かせている…

ベホマ

クリムトの画集を読みながら、少女は慣れない煙草を吸っている。ステレオからはマイルス・デイヴィスが狂ったようにトランペットを吹き鳴らし、少女はその風圧で全ての桜の花が散るんじゃないかと思いながら画集を眺めている。 クリムトの画集は少女の心を否…

無題

電車から見る街は玩具箱をひっくり返したように乱雑に配置されて、電車は玩具の中を這いずり回る蛇のようだった。 電車の中の僕達もまた玩具のように無機質で、痙攣して倒れる人達を白い目で見るのが得意だった。人々は空席に正しく配置され、玩具の中をせわ…

彼女は気絶した僕の指の爪を剥がすと一枚一枚黒いマニキュアを塗り、そのあとプラスチックケースに仕舞った。 僕は気絶して、勿論目も閉じていたが幽体離脱したのか、天井の辺りからぼんやりと見ていた。彼女はプラスチックケースを鞄に入れた後部屋を去って…

五感の喪失

落とされた井戸の中、僕の求めてる光や音や匂いは容赦なく剥がれて冷え切って人形のようになった手に感覚は感覚などない。僕は井戸の中でいつしか意識だけの存在になって、全ての記憶は解き放たれてゆらゆらと井戸の中を照らし出した。

コイントス

新宿を歩くときに人にぶつかるかぶつからないかなんてコイントスをして表か裏かぐらいの確率なのに ぶつかってから今後その人と関わる確率なんて殆ど無いようなものだね、 それでも彼らには彼らの人生があって時間が流れているなんて気づいてしまったら 気が…

教室

彼は他人を喜ばせるのが得意だった。他人が何を求めて自分に接してくるかというのが顔を見ればまるで文字を読み取るように正確に分かるのだ。 それ故に彼は他人から非常に好かれていた。しかしながら、彼には一人だけ全く何を求めているのか分からない人がい…

カボチャの冷製スープ

まだ五月下旬だというのに日光はすでに夏の如くぎらついており、僕の肌はじりじりと焼かれて暑さを感じていたので逃げ込むように自分の家に帰った。僕はコンビニで買った缶ビールを冷蔵庫に入れるとグラスに氷を二、三個程落としてそこに麦茶を注いで飲んだ…

strawberry garden

黒いワンピースの少女は赤いマニキュアが剥がれかけた指でピアノの白鍵ばかり弾いている。彼女のその部屋は壁一面が蔦に覆われていてまるで森の中のようだった。僕はソファに座ってコーヒーを飲みながら蔦を眺めていた。 よく見ると蔦の至る所に赤い実がつい…

一道のイデア

ミントのガムを二つ程噛んで、彼は汽車を待っていた。 それはひどく寒い朝で、やむなく彼はコートの襟を立てていたが彼以外にホームには誰もいなかったので恥ずかしさは感じなかった。 彼の吐く息は白く濁って寒さを演出していたが、濃い朝霧のせいでそれは…

荷台にて

ある夏の夜、僕は果物で一杯のトラックの荷台で寝ていた。ヒッチハイクをして乗せてもらったトラックの荷台には屋根が無いので星空は剥き出しになっていて、それがやけに装飾品のようにわざとらしい美しさだったので女の子にこっそり下着を見させられている…

チョコチップクッキー

街では動物の皮を被った子ども達が闊歩して街中のチョコチップクッキーを強奪しては秘密基地に隠しているらしい。子どもだからって甘く見ちゃだめだ。昨日は隣の時計屋の主人が殺されたばかりなんだから。僕達はチョコチップクッキーを与えられる間だけ生き…

無題

もうずっと前からダーツには矢が刺さったままになっていて、リビングにパンケーキとメープルシロップの匂いが充満することも 今となっては無いのだ。でも、電球が部屋一面を琥珀色に染めた瞬間に微かだけどメープルシロップの匂いを感じたんだ。

鼈甲飴

今日もまた鼈甲飴のような夜を剥がしては舐めるのだ。 外は小雨が降っていて、雨音が波紋を描いて部屋に忍び込むのでそいつも一緒に食べてしまおう。食べきれなくても冷蔵庫には入らないのだ。何せ朝には欠片も残らないのだから。

『春』

青く燃える桜の下で宴をしていました 僕達は酒に酔っていたのです、各々が持ってきた弁当の中に食べ物なんか一つもなく一つ二つとピンセットで引っ張ればぺらりと剥がれるような夢ばかりがありました しかしそれは酒のつまみには非常に相応しく みんなして良…