一道のイデア

ミントのガムを二つ程噛んで、彼は汽車を待っていた。
それはひどく寒い朝で、やむなく彼はコートの襟を立てていたが彼以外にホームには誰もいなかったので恥ずかしさは感じなかった。
彼の吐く息は白く濁って寒さを演出していたが、濃い朝霧のせいでそれは大して気になるものでは無かった。


彼がぼんやりと霧の中を眺めていると徐々に強い光が近付いてきた。彼は汽車だと思い白線まで歩み寄った。しかし、その光はある距離まで近付いたきり動かない。彼は目を凝らして光源が何かを見ようとしたが朝霧のせいでそれが確認出来なかった。

彼はそれを確かめようとゆっくりと線路の上に降りると光源へと歩み寄っていった。
すると光源は彼の歩幅に合わせてゆっくりと後退していった。

彼は何とかして確認しようと次第に歩みを早め仕舞には走り出していたが、それでも光源に追いつくことは無かった。

彼は夢中で追うあまり速さに追いつけない自分の体を無意識に置いてきてしまったので、彼の肉体はやがて霧の中に溶けて消えてしまった。彼の帰る場所はそうしてなくなった。