''telephone''
ドラマーが静かにカウントを始める。とてもゆっくりとしたビートで。
「1、2、3、…」
目を開く。タクシーのテイルランプが細く夜霧の中に吸い込まれていく。
海の匂いが微かにする。近くで海猫が鳴いている。
静かに佇む凪の中で僕はするべきことを思い描く。やがて強い風が吹いて、全て忘れてしまう。
冷えた手をポケットに入れて、退屈な足音を響かせながら、僕もまた夜霧の中に溶けていく。
バスルームから愛をこめて
シャワーから流れる甘美な憂鬱で君は白いシャツをびしょびしょに濡らしたまま、ただそこに溢れている音楽を歌っていた。
僕はそれを聞きながら、許される時間だけを集めて大事に瓶に閉じこめていた。使い方も分からないような時間ばかり集めて、そこに「安寧」という名前をつけて、それだけで満足をしていた。
無題
短いセックスの後で、彼女は小さな嗚咽を漏らして泣いていた。
僕は居心地が悪くて、ベッドに腰をかけ煙草をふかしていた。
西日が射す狭い僕の部屋はそこだけが世界から切り取られたように鮮やかな橙に染まっていた。
澱んだ空気の中で、ボブ・ディランの鳴らすアコースティックギターだけが正しい位置にあった。